オフショア開発失敗事例18 震災でブリッジSEが帰国

東日本大震災の発生直後は、多くの外国人が日本から出国しようと航空券の予約に殺到したことが話題になりました。
このとき、オフショア開発のブリッジSEが帰国しました。

オフショア開発を1000人/月に拡大せよ

当時、私が勤めていた会社では、オフショア開発を1000人/月まで拡大するという目標を掲げていました。
大体700人/月だったので、約1.5倍に拡大しなければなりません。
大したことはないと感じるかもしれませんが、社内のめぼしいプロジェクトはオフショア開発に転換済みで、国内開発を行っているのは、小規模・短納期開発など、プロジェクトの性格がオフショア開発に向いていないプロジェクトや、プロジェクト・マネージャがオフショア開発を毛嫌いしているプロジェクトばかりでした。

そこで、オフショア開発を毛嫌いしているプロジェクト・マネージャに少しでも協力してもらうために、ブリッジSEを無償でプロジェクトに派遣するという施策を実施することにしました。(ブリッジSEの費用は、実際は私が所属していたオフショア開発推進部署が負担していました。)

無償だとしても無能なブリッジSEでは逆効果となる恐れがあるので、ブリッジSEの派遣元である中国のオフショア開発委託先の社長に、優秀な人材を送ってくれるよう頼みました。
うまくいけば、まとまった規模をオフショア開発に発注することになるので、委託先にとっても悪い話ではありません。

こうして、社内のいくつかのプロジェクトにブリッジSEを派遣して、半年が過ぎようとしていたときに、東日本大震災が起きました。

無断で帰国したブリッジSE

震災が発生してから3日後に一人のプロジェクト・マネージャから電話がありました。

「ブリッジSEと連絡が取れない。」

会社に来ないだけでなく、携帯電話にも出ないので、何かトラブルに巻き込まれているかもしれないと、プロジェクト・マネージャは大変心配していました。

直ぐに派遣元の会社に確認すると、驚くべき答えが返ってきました。

派遣元「ブリッジSEのAさんは中国に帰国しました。」
私  「いつですか?」
派遣元「昨日です。」
私  「なぜ、こちらに連絡してくれなかったのですか?」
派遣元「これから連絡しようとしていたところです。」

確認した内容をプロジェクト・マネージャに伝えると、かなり怒ってしまいました。
代わりのブリッジSEの手配を打診しましたが、「二度とオフショア開発はこりごりだ。」と断られてしまいました。

他にブリッジSEを無償で派遣していたプロジェクトが4つあったのですが、震災から10日間ほどでブリッジSEが全員帰国してしまいました。

日本に住んでいるブリッジSEは、東京はそれほど危険ではないという認識を持っている人もいましたが、中国で心配している家族を説得できなくて帰国せざるをえなくなったようです。

これらのプロジェクトは、オフショア開発への切り替えが行えませんでした。

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