忘れられない会議

私は、主に官公庁向けのシステム開発を担当してきました。
官公庁の案件は入札が多く、お客様がどんな人かは受注後にならないと分かりません。
ほとんどは良い人なのですが、なかには困ったお客様もいました。

困ったお客様

ある官公庁のシステム再構築を入札で受注したときのことです。
その官公庁から初めて受注した案件で、非常に緊張しながら初めての打ち合わせに出席しました。

お客様の担当は、T課長補佐、S係長、Aさん、Nさんの4名でした。
概ね和やかな雰囲気で打ち合わせは進みましたが、S係長だけは非常に好戦的で、私はプロジェクトの進行に不安を感じました。

S係長は、大学卒業後、地方のソフトウェアハウスに就職した後、公務員採用試験を受けて転職した方でした。
システム開発の経験が買われて、プロジェクトのメンバーに選ばれたそうです。
その気負いがあったためかもしれませんが、何かにつけて私たちの提案にダメ出しをされてきました。

提案が却下されることは、他のお客様でもよくあることですが、とても困ったのは、S係長はいったん怒り出すと自分でも制御できなくなり、1時間でも2時間でも怒鳴り続けることでした。
反論するとさらに逆上するので、S係長の怒りが収まるまで黙って聞いているしかありませんでした。

なんとか状況を改善しようとT課長補佐にも相談したのですが、S係長の行動はお客様の内部でも同じで制御できずに困っているとのことでした。

すすり泣きが響く会議室

その日は、若手の女性社員のEさんが作成した設計書のレビューを行っていました。
Eさんは、気が強く、それまでの打ち合わせでS係長に反論していたため、EさんとS係長の仲はあまりよくありません。

予想通り、S係長の激しい攻撃が始まりました。
私を含めた周りの人間は、S係長の怒りに油を注ぐのを恐れて黙っていました。
S係長の指摘に対してEさんは一所懸命反論していたのですが、あまりに激しい怒鳴り声に圧倒され途中から言い返すことができなくなってしまいました。

そこで私は「ご指摘を踏まえて見直してきます」と言って、Eさんの担当分のレビューを途中で終わらせました。

暫くすると「ヒック、ヒック」と声がします。Eさんの嗚咽でした。
一瞬会議の場が凍りつきましたが、聞こえないふりをしてレビューを続けていると、今度は「えーん、えーん」と泣く声が聞こえてきました。
それで部下の一人に、Eさんを会議室の外に連れ出してもらいました。

微妙な空気が流れましたが何とか持ち直し、午前中のレビューを終えることができました。
S係長も怒りが収まったのか、とても機嫌が良い様子でした。

突然叫び出したS係長

昼休みを挟んで午後のレビューが始まりました。

1時間ほどは何ごともなく順調に進んでいたのですが、突然「ウォー」という叫び声が会議室に響き渡りました。
声の主はS係長でした。
S係長は、両手で頭を抱えています。
そして「頭が痛い、頭が痛い」と叫び出しました。
あまりのことに誰も声が出ませんでした。
するとS係長は、そのまま席を立って会議室を出て行ってしまいました。

後で聞いたところによると、S係長はそのまま家に帰ってしまったそうです。

早期にお客様の責任者へ申し入れることが肝心

その後、S係長はプロジェクトから外れることになりました。
それを聞いたとき、私は心底ほっとしました。

この案件で、どんなお客様が担当になるのかがプロジェクトに大きな影響を与えることを思い知らされました。
それまでも、とても厳しいお客様やなかなか仕様を決めていただけないお客様など、いろいろなお客様と一緒にシステム開発を行ってきましたが、この案件のようなお客様がいらっしゃるというのは想像していませんでした。
また、お客様の担当者に問題があるときは、早期にお客様の責任者に申し入れることが肝心だと思い知らされました。

それからEさんにはとても申し訳ないことをしたと今でも反省しています。
PMとして、S係長の問題をお客様責任者と話をすべきだったと思いますし、せめてEさんが責められているときに一緒に反論すべきでした。