酔いどれ課長

昔は昼食に酒を飲んでそのまま午後の仕事をするという強者がいたと聞いたことがあります。
さすがに、私が会社に入った30年前にはもうそんな人はいませんでした。
しかし一度だけ、そんな上司の下で仕事をしたことがあります。

無口な課長

20年前のことです。
私たちの部署にE課長が異動してきました。

E課長は当時50歳前後、色付きメガネを掛け髪は角刈りで、見た目はヤクザそのものでした。
しかし、見かけに反して口数が少なく気弱で、部下に対して強いことは言えない性格でした。

また、E課長はずっとパッケージ開発を担当してきた方で、私たちの部署が担当していたスクラッチ開発のスキルが不足していたうえ、100人を超える組織の管理の経験もなかったため、仕事はほとんど部下に丸投げしていました。

当時、私たちの部署は大きなトラブルを抱えており、みんな気が立っていて鉄火場のような雰囲気でしたから、そんなE課長を無視するようになってきました。

私は、係長でE課長の直下にいましたから、なるべく課長の話を聞き、その意向を係員に伝えるよう努力していました。

突然雄弁になった課長

そんなある日の午後、私はE課長に突然呼び出されました。
何か問題が発生したかと思い、すぐさま課長席に駆けつけました。

E課長「あのさ、このプロジェクトはこのままではいけないと思うんだよね。」
私  「はあ・・・」
E課長「こら、分かってるのか。」
私  「はい、いろいろと問題を抱えていますからね。」
E課長「じゃあ、どうするのか言ってみろ。」

とりあえず緊急の問題が起きたわけではなさそうです。
それならなぜ忙しい最中に呼び出されたのか理由が分かりません。

なおもE課長はしゃべり続けます。
それを聞いているうちに課長の様子がおかしいことに気づきました。
目の周りが赤くなっており、わずかですがロレツが回っていません。
そういえばE課長の吐く息から酒に匂いがします。
明らかに彼は酔っ払っていました。
その日は1時間ほどE課長の話を聞かされました。

それからも呼び出されることが頻繁にあったので、E課長の行動を注視していると、昼休みに2時間ほどいなくなり、職場に戻ってくると酔っていることが分かりました。
何かの会議の後、いなくなってそのまま帰ってしまうこともありました。
しかし、誰もE課長を気にする人がいなかったので、問題にはなっていませんでした。
また、当時のオフィスはプロジェクト専用に借りたところで、部長以上にもばれずに済んでいました。

ついに問題に

E課長の飲酒は徐々にエスカレートし、ほぼ毎日飲むようになりました。
飲酒量も増えていき、何を話しているのか分からないときもありました。

そしてある日、同じオフィスで仕事をしていたお客様から呼び出されました。

お客様「Eさんだけど、毎日飲んでいるよね。なんとかしれくれない。」
私  「大変申し訳ありません。注意しておきます。」
お客様「ずっと目を瞑ってきたけど、これ以上続くと対策しなければならなくなるよ。」

私は、E課長にお客様から言われたことを伝えたのですが、既に酔っていて「分かった。分かった。」と言うだけで、その後もE課長の飲酒は止むことがありませんでした。

その後のE課長

暫くして、E課長は四国の子会社に出向していきました。
部長の話によると、E課長の飲酒は前の部署でも同様で、それが原因で私の部署に異動してきたそうです。
気が弱く管理に向いていなかったため、管理職になったことでストレスが溜まり、酒に逃げたのではないかと言っていました。

それから3年ほどしてE課長が亡くなったとの連絡が入りました。
突然、倒れてそのまま亡くなったそうです。
詳しい死因は分かりませんが、四国に行ってからも同じように酒を飲んでいたそうなので、その負担に体が耐えきれなくなったのではないかと思います。

決して良い上司ではありませんでしたが、忘れられない上司のひとりです。