自己責任の国 ベトナム

ベトナムで有名なのはバイクの洪水だ。

初めてベトナムに来た時、大通りが交差する場所にあるホテルに泊まった。
道を渡らなければどこへも行けないのだが、途切れることなく続くバイクの流れに途方にくれたことが忘れられない。

しかし何度も来るうちに段々慣れてきた。
ベトナム紹介のテレビ番組では「道を渡るときは、急いではいけません。ゆっくりと同じ速度で渡ってください。」と言っている。
嘘ではないのだが、それだけでは十分ではない。
よそ見をしたり、スマホをいじりながら運転しているドライバーがたくさんいるからだ。
安全に渡るためには、自分に向かってくるバイクのドライバーと目を合わせ、自分を見ているか、見ていないか、自分の前を行こうとしているのか、それとも後ろを行こうとしているのかを瞬時に判断し、進むのか止まるのかを決断する。
これを次から次へと来るバイク1台ごとに行う。

道一本渡るために五感と脳をフル活用しなければならない。
もし、ぶつかったら悪いのは自分の責任だ。

そういう道の渡り方に慣れ過ぎてしまって、近頃は日本にいるときでも、たとえ車が来ていても渡れると判断したらさっさと渡るようになってしまった。

ベトナムでは、食べ物の賞味期限もあってないようなものだ。

市場では、肉は木の机に並べられ、魚は金属製の洗面器に入れて売られている。
どちらも氷などは使っていない。

安全な食材を手に入れるには、自分の目と鼻のみが頼りだ。
私がベトナムで自炊したら、腐った食材を高い値段で買わされて、いつも食あたりを起こしているだろう。

日本では、その食材にも消費期限のラベルが貼られているし、腐ったものを売ったら売り手の責任が厳しく問われる。
そのことは便利で安全でとても良いと思う。

しかし、消費期限の改ざんが問題となった時に分かったのは、多くの業者が消費者を騙していたことだ。
この仕組みは、業者に対する信頼が前提で成り立っていたが、それが怪しくなったのである。
私のように、自分の五感が頼りにならない人間は、けしからんことだと文句を言うしかなかった。

それにひきかえ、ベトナムの人たちは潔い。
もし、腐ったものを買っても自分が悪かったと諦めるだろう。
あくまでも自己責任なのである。

ベトナムにいると、自分はシステムやルールに守られたとても弱い存在であることを感じる。