技術者の「できる」は鵜呑みにしてはいけない

ステレオタイプで物事を見てはいけないのは重々承知していますが、それでもベトナム人は「知らない」となかなか言わない人が多い。

日本人なら、知っていることでも自信がなければ知らないという人の方が多い。
これは日本人が正直というわけではなくて、間違ったことを言って文句を言われるのが嫌なだけである。

逆にベトナム人は知らないことでも知っているという人が多い。

プロジェクトのミーティングで、技術的に可能かよくわからないことがありベトナム人技術者に「実現可能か?」と聞くと大抵の場合、「できる。やり方は知っている。問題ない。」と自信たっぷりに答える。

それで安心して任せるのだが、念のため、締め切り間際に確認すると「やっぱりできない。」としゃあしゃあと答える。
「やり方は知っているといったじゃないか。」と問い詰めると、なぜできないかを堂々と説明しだす。
「知っている。」といったのが、まるで赤の他人のようにだ。

これで、何度も痛い目にあっている。
対策としては、具体的な実現方式を聞いて、それが本当かどうかを自分で調べるしかない。
面倒だが、それを怠って問題が起きるとやはり自分に降りかかってくるので仕方がない。

信頼できる人を見つけるのが唯一の解決策だが・・・

仕事のことなら自分で調べることができる。
しかし、ベトナムの法律や制度に関することだとそうはいかない。

50ccのバイクの免許がいらないと聞いて、本当かどうかをベトナム人に聞いた。
移動手段としてバイクは便利だが、私は免許がない。
50ccのバイクに免許がいらないのであれば、私が乗っても問題ないが、もし嘘だったら警察に捕まってしまう。
最初に聞いた人は「本当だ。」と言い、別の人は「嘘だ。」と言う。
困った私は、いろいろな人に聞いてみた。
10人くらいの人に聞いたのだが、答えは真っ二つに分かれた。
「知らない。」と答えたのは、一人だけだった。
結局、自分で調べて、免許がいらないことが分かった。

免許のことは仕事とは関係ないが、ビザのことでも同じようなことがあった。
ビザの手続きに間違えがあると、罰金を取られたり、それ以降に入国できなくなる可能性があり、影響は深刻だ。
しかし、これも同じように聞く人によって意見が分かれた。

困るのは、ベトナムの法律や制度に関しては、本当のことを調べる手段がないということだ。
共産主義のベトナムでは、法律が政府の都合でコロコロ変わるし、役人の解釈でも変わってしまう。
だから、ベトナム人は普段の生活で法律をあまり重視していない。
それよりもコネとお金の方が、はるかに重要だからだ。

結局、知りたいことがある場合は、信用できる人に聞くしかない。
しかし、誰が信用できるかは、自分自信で決めなければならない。
信用できるのは「知らない」と答えてくれる人だが、それでは問題の解決にはならない。